うさぶろぶろ

酒のない人生なんて

分身

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ショートショート(と呼べるシロモノではないが)を作るのは今回初なので、【初心者枠】で参加させてください。
滑り込みセーフですかね。


【第0回】短編小説の集いのお知らせと募集要項 - Novel Cluster 's on the Star!

* * * * * * * * * * *  


「今日も彼女が来た。」


男は喫茶店のドアを開ける女の姿を確認した。


女は窓際の席に座り、鞄をおろした。

男は遠くから女の様子をうかがっていた。


女はメニューを開いた。

「今日もいつもの…。」


「すみません。」
女は店員を呼んだ。

「この紅茶と…アップルパイ。」


「やはりいつもの紅茶とアップルパイを頼んだか。」

男は店の奥に姿を隠すと、独り言をつぶやいた。


女はおもむろに鞄から小説を取り出した。

「いつも何の小説を読んでいるのだろうか。」

男は店の奥から様子をうかがっているが、小説にはカバーがかけられていた。


しばらくすると、紅茶とアップルパイが運ばれてきた。
女は小説を片手に紅茶をすすった。


アップルパイが女の口に運ばれた。


男は思わずため息を漏らした。

「俺が作ったアップルパイを彼女が食べる。」

男は自身の分身が彼女に取り込まれる感覚を覚えてたまらなくなった。


女はアップルパイを食べ終えた。


また小説を読み始めた。

今日こそは女に話しかけるんだと意気込む男。
食器を片付けようと女のテーブルに近づくが言葉が出てこなかった。

軽い挨拶だけで食器を片付けた。


今日も声をかけられなかった。
「何の小説を読まれているのですか。」と。

「アップルパイがお好きなんですね」と。


またしばらくして、女が席をたった。会計を済ませようとレジまで足を運んだ。


「いつもありがとうございます。お会計は…」

「今日もアップルパイおいしかったです。」

「あ…」

男は言葉を失った。

「ありがとうございます。お会計は…」

男が発することができた言葉はお礼だけだった。


女が店を後にした後、男はまた独り言をつぶやいた。

「彼女が話しかけてくれた。それなのに何も返せなかった。」


分身をおいしく感じてくれたことで、
男は自分自身まで認めてくれたような気になった。


「彼女は俺が作ったアップルパイを好き。それを知っているのは俺だけ。」


男はまた店の奥に姿を隠した。



あれから数日。

今日はいつも彼女が店を訪れる日曜日。

「今日こそは会話しよう。」
男は意気込んでいた。


しかし女はその日店を訪れることはなかった。

次の週もその次の週も訪れることはなかった。


男はそれでもアップルパイを作り続けた。


また女に分身を食べてもらえるように。

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